:浅野いにお『虹が原ホログラフ』――自殺を如何に表現するか――



  • 虹ヶ原 ホログラフ

    虹ヶ原 ホログラフ

  • 『虹が原ホログラフ』研究ノートと称したエントリを書いたが、
  • http://d.hatena.ne.jp/yamada-no-oboegaki/20100329/1269858568
  • 結局そのままになっている。
  • やはり1コマ1コマを具に点検していくのは、あまりに非生産的だ。
  • というわけで、トピックを絞って分析していこうというのが今回の趣旨だ。
  • テーマは「自殺をどう如何に表現するか?」である。
  • 自殺に限定せず、「死」を描くことは、文学の世界でも幾多の作家を悩ませてきた。
  • 理由は簡単で、
  • ウィトゲンシュタインも言っているように、
  • 「死は人生のできごとではない。ひとは死を体験しない」(『論理哲学論考』6-4311)からだ。
  • あちらの世界は、言語世界を超越した、「語りえぬもの」の領域だ。
  • 高橋源一郎は、明治以降の文学を逐一点検した結果、以下のように述べている。
  • 「わたしの考えでは、『ニッポンの近代文学』の『文』や『文法』は、『死』や『死者』を描くことに失敗しています。というか、それらを描くことを回避することによって成立しています。」(太字は小生。高橋源一郎『ニッポンの小説―百年の孤独』)
  • 高橋は例として、2つのベストセラー作品を挙げている。
  • ひとつは伊藤左千夫の『野菊の墓』、もうひとつは片山恭一の『セカチュー』。
  • 共通項として、「『死』を書かない、というか『死』については何も言わない」点である。
  • 高橋は言うわけだ、もう少し死者に近づけと。
  • 一方で、漫画もまた死と暴力の表現をめぐって日夜格闘してきたと言ってよい。
  • いや、これは小生だけの所感かもしれない。確証はない。
  • そこで本題の『虹が原ホログラフ』に戻る。
  • この作品は、全部読んでようやく全体像を掴める構造になっているから、
  • (だから「ホログラフ」なんだけど。)
  • 読者には断片的なエピソードしか与えられない。
  • 作者はストイックというのが生温いほど、極端に限定された範囲で表現を積み重ねている。
  • 今回取り上げるのは、主人公鈴木アマヒコの実父であり、
  • 物語の鍵をキーパーソンである木村有江の実父でもある木村父が自殺するシーンを見ていく。
  • 既に10年以上も寝たきりの木村有江は、木村父の性的玩具であった。
  • 同時に、彼は、娘有江が覚醒すること=「世界の永遠」を体現するものとして恐れている。
  • 妻、すなわち有江の母親を殺したのも、それが「世界の終わり」ではなく、
  • 「永遠の世界」を予言したからだ。
  • 彼はコンビニのアルバイトをしており、その同僚である小松崎(=幼少期より有江の恋心を抱いてきた)に包丁で首を切られ娘と同じ病院に入院している。
  • 木村父は病室で刑事の取り調べを受けた。境遇を哀れむ刑事。
  • つづいて彼らは有江の病室へ向かう。
  • f:id:yamada-no-oboegaki:20100412221334j:image

  1. 病室で有江が立っている。窓から外の景色を眺めている。点滴が倒れているのは、その覚醒が唐突だったことを物語っている。逆行が眩しい。
  2. ハンカチで頬の汗を拭う老刑事。呆然と「お...おい 立ってんじゃねぇかよ...」風船が看護婦の重なっており、表情がわからない。
  3. 病院の外。看護婦、若い刑事(=有江、小松崎と同級生の隼人)、老刑事の順で病院の廊下を駆ける。「早くっ 親父さんに伝えてやれ!!」
  4. 後ろ姿、小生はこれが看護婦のものなのか、老刑事のものなのか悩むことになる。ただし、風船が次のコマのものと繋がっていると考えるならば、これは看護婦の後ろ姿だ。タッ タッ タッと廊下を走る足音が響く。「木村さん!!」
  5. 「娘さんが......!!」病室の扉を開けて叫ぶ看護婦。やはり風船が顔と重なっており、看護婦の顔はわからない。
  6. ベッドの俯瞰。木村父はいない。掛け布団の半分がベッドからずり落ちている。看護婦と老刑事の後ろ姿。窓が開いている。
  7. おりがみ。先ほどまで木村父が折っていたものだ。これが何なのかは単体ではよくわからないが、ストーリー上、これが蝶であることに気づくはずだ。
  8. 外から窓のアングル。下を見つめる老刑事「ど...どうして!?」。隼人「あ......」周りには3匹の蝶。
  9. 隼人のアップ。眼孔はどこか遠くを眺めている。鼻の先には蝶が一匹。

  • 木村父は病室から飛び降り自殺をしたが、その様子はこれまでの文学表現よろしく、
  • 直接的な描写を「回避」し、生きているものたちの反応で、読者に自殺をわからせようとした。
  • しかし、そこから50頁ほど読む続けると、木村父の死が描かれることになる。
  • f:id:yamada-no-oboegaki:20100412221346j:image
  • 赤で囲ったコマ。
  • 断片的な記憶がカットバックのように挿入してくるから、他のコマはここでは関係ない。
  • 頭から血を流して倒れているのは誰なのか?なぜ倒れているのか?最初はわからないが、
  • 我々は死体の左側にある「おりがみ」の存在を認めたとき、
  • それが木村父であると確信が持てる。
  • 高橋源一郎の話云々とはちょっと話が脱線してしまったが、
  • 要は、極めて限定された断片同士をリンクさせ、
  • 最終的に直接自殺のシーンを提示するあたりに、この作品の秀逸さを垣間みる。
  • 歴代の文学的側面を踏襲しながらも、漫画が得意とする手法を存分に投入しているという点において。
  • もうちっと分析。