:「アリスのカメラ」を求めて――銀塩最終世代の私風景――



 ご機嫌如何ですか?寒くなりましたね。炬燵が恋しい季節です。話は変わりますが、あなたは写真が好きですか??――よかった、どうやらあなたとは友達になれそうです。観るのが好きな人…友達です。撮るのが好きな人…友達。でも小生、実際は友達少ないですどけね。





 先日、車校で名古屋の平和公園のほうに行ってきました*1。黄昏時です。犬と散歩している人、ジョギングをしている人、様々ですが、カメラを構えている女の子が2人いました。どうやら時計台に反射した光に興味を引かれたようで、一生懸命フォーカスを合わせていました。つまり、マニュアルのカメラだったわけです。ここからは少し余談ですが、カメラ、とりわけフィルムカメラを使っている女の子は概して「変わり者」です。彼女たちの頭は極めてノスタルジックな空気が支配しており、具体的な数字を挙げれば70年代の後半から80年代前半のスタンダードを生きています。左翼系の学生運動も完全にシラけ、しかしながら、まだバブル景気には到達していない空白の時代です。服装もまたレトロです。タイトな服は好みません。何と言ったらよいのか、枯れ葉のような格好をしています。と言っても、見様によってはお洒落でもあります。したがって、彼女たちはまだデジカメのない時代を生きているのです。簡単に言ったら、新しいものよりも古いものを好むと言いましょうか。少々奇妙かもしれませんが、デジカメを逸早く取り入れる人物というのは、保守派です。フィルムカメラを使い続ける人間は革新派です。逆かと思われるかもしれませんが、デジカメ=カメラの時代ですので、フィルムカメラは異端児が使うものと看做されても仕方ありません。




 さて、日本は物神崇拝の顕著な国です。言い換えれば、新しいもの好きと言えましょう。デジカメの黎明期〜過渡期〜全盛期までおよそ13年とここでは覚えておきましょう。これは驚くべきスピードです。「三種の神器」、すなわち、白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫でありますが、これが50年代後半であります。そして「新三種の神器」と呼ばれたカラーテレビ、自動車、クーラーは60年代半ばであり、テレビを見てみますと、やはり10年と言ったところでしょう。新しい物には目が無いのです。カメラも同じでありまして、まだ使えるのにも関わらず、次々と新機種が登場し、軒並み100%以上の売り上げを記録していることからも、そのことが実証されましょう。ここで興味深い小説をご紹介しましょう。安倍公房の「アリスのカメラ」という短編です。新潮文庫の『笑う月』に収められています。



笑う月 (新潮文庫)

笑う月 (新潮文庫)



世界一のカメラ生産国である日本は、同時にカメラの購買力においても世界一を誇っている。(中略)カメラを買う人間が多ければ、当然、フィルムの消費量も多いはずなのだが、それが違うのだ。正確な数字は忘れたが、日本人のフィルム使用量は信じがたく低いのである。カメラ王国であっても、フィルム未開発国なのである。撮ったフィルムの最初の一枚も、最後の一枚も、似たような正月風景だが、途中は海水浴の風景だった、という笑い話があるくらいだ。ぼくの友人には、もっとひどいのがいて、某社のカメラのすべての型をそろえているほどのマニヤのくせに、機械がいたむと称して、空シャッターを押すことさえ嫌う始末である。もちろんフィルムを入れたことなんか一度もない。


 たぶん、一家に1台カメラはあると思います。そして、もはやその数はデジカメのほうが上回っているかもしれません。にもかかわらず、プリントしない、もしくはパソコンに入れて楽しむのが一般的になっています。




 少し前置きが長くなってしまいました。今日は久しぶりに「です・ます調」で文章を書いているので、普段とはいささか趣を異にしています。たまにはいいかもしれません。ところで、デジカメがここまで普及した点は以下の2つに集約されます。

A:失敗が許される。

B:現像代がいらない。

 フィルムではボケて失敗することが当たり前でしたが、デジカメはその過去を直ぐに消し去ってしまうことができます。マリオが死んでもリセットを推せば生き返るのに似ています。似ていませんか??……すいません。要するにそういうことです。Bは計算してみると明らかです。デジカメの場合L版で1枚30円としたら、36枚で1000ちょっと超えです。一方フィルムの場合は、現像代が600円とし、1枚25円だとすると36枚で1500円程度になります。そしてその中にはAで指摘したように失敗したものも含まれるので、割に合わないと思うのは至極当然のことなのです。ただ、すぐに失敗がわかるデジカメは想像力を鈍らせます。フィルムの楽しみは逆説的に言えば、失敗することなのです。安倍公房の小説の続きを読んでみることにしましょう。「ポラロイド」の箇所を「デジカメ」と置き換えて読んでみましょう。



だから本物のカメラ好きは、シャッターを押してすぐに結果の分るポラロイド・カメラなんかには最初から見向きもしない。ポラロイド社が、経営の危機に瀕しているという噂だが、マニヤの心理に対する読みの浅さもあったのではなかろうか。マニヤがカメラに求めているのは、単なる実用主義的な現実ではなく、むしろ空想なのである。シャッターを押すことで、世界の全部を手に入れる手形にサインをしたつもりになれる、その瞬間の自己欺瞞がたのしいのだ。当然のことだが、どこか意識の片隅には、それが自己欺瞞にすぎることの自覚もあるはずである。だからポラロイドはよけいに面白くない。そうした疚しさの心情もまた、カメラ好きの一つの特徴だろう。


 もっとも現在ポラロイドはマイヤの間でひそかなブームとなっていますが、デジカメはまさに「単なる実用主義的な現実」を写しているのです。偶然を排除し、必然を写すのがデジカメと言えるのではないでしょうか。




 おそらく、デジカメVSフィルムという戦いは未来永劫的に続くと思われます。画素数と感度の向上から、デジカメはフィルムに追いついたと喧しく言われていますが、少なくとも現段階ではまだフィルムがリードしているように思われます。しかし、デジタルとアナログを同じ土俵で勝負させること自体、不毛だと思うようになってきました。要するに、甲乙ではなく、好き嫌いでいいような気がします。





 けれども、平和公園にいた女の子のように、フィルムには高い現像代を払ってでも使う価値はあります。そこで今日はなるべく安く済ます方法を考えたいと思います。よくプリント代0円の看板を見かけます*2。これは現像代だけで済むということで凡そ600円です。クリーニング屋、ドラッグストアが一般的であります。しかしながら、安いので色合いはよくありません。ただ安いというだけではないメリットもあります。そういうところで受け付けたフィルムは、一括して工場へ持っていかれます。「スピード仕上げ60分」と書かれた街の写真屋は自分の店で現像するのですが、デジカメ全盛期でありますので、フィルムの処理本数は極めて少なくなっています。現像液は使わなければ使わないほど劣化してきます。最低でも1日に10本は処理したいところですが、今はどうでしょう、1日に3〜5本が妥当なところでしょう。一方、工場に運ばれたフィルムは、少なくなったとは言え、各地から集まって来ますので、現像液の状態が保たれます。プリントの色が良くなくても、焼き増しをするときに肝心なネガは、街の写真屋さんよりも良い状態かもしれません*3





 小生は大切な写真はお付き合いのある中古カメラ店に現像をお願いしますが、ハーフサズカメラで撮ったものや、試験的な写真の場合ドラッグストアに出しちゃいます。その場合、店がどの写真メーカーと契約しているかを調べて置くとよいでしょう。僕は富士フィルム派なので、コダックはお断りです*4。東海地方なら、スギヤマ薬局はコダック系のようです。一方、スギ薬局はフジカラー系です。ともに枚数に関係なく598円ですから中1日くらい待ちましょう。街の写真屋さんでは、同時プリントではなく、「現像のみ」というものがあります。これは、失敗しているかもしれないので、とりあえず現像だけして、良いものを焼き増しするという作業ですが、ネガだけを見てもボケているか否かはわかりません。またインデックスを付けてもらっても、あの大きさではやはりボケはわからないものです。なので、L版が0円でついてくるドラッグストアのプリントはありがたいのです。




 ドラッグストアで同時プリントしたら、よい写真だけを選び、ネガを街の写真屋さんに持って行きます。そこで良い色を出してもらうわけですが、最初は必ずケチをつけましょう。濃いなり薄いなり、もっと赤みが欲しいなり、黄ばみを取ってほしいなり、何でもよいです。そうすると、店員は「警戒顧客」として、以後細心の注意を払うようになります。またL版ではなく、サイズを大きく注文するのも一考です。写真のサイズが大きくなればなるほど気を使うものです。あとはキチガイのようにシャッターを押し続けることでしょうか。「アリスのカメラ」の最後の部分を引用して今日は終わりにしたいと思います。



シャッターを押し続けていさえすれば、いつかアリスが写っているかもしれないという幻想。不可能にかけた、一瞬の緊張。それは、現実の拒絶であり、部分への解体の願望でもあるだろう。だが、アリスと出会えるのは、不思議の国の中でしかない。脱出を夢見すぎた者は、いずれ夢の中へと脱出して行くしかないのである。



※本エントリーは、平成19年11月のものに、加筆・修正しました。


*1:齢26にして、免許を取りました。

*2:もっとも今は少なくなりましたが

*3:ただし、純正でない可能性もありますが

*4:もっとも、コダックと契約している店はほとんどなくなりましたが。